
このサイトは、「ヴァニタス」をキーワードに芸術表現をリサーチし、情報を発信していく「ヴァニタス・アート」のプラットホームです。
「ヴァニタス vanitas」とは旧約聖書にまで遡る概念で、「空しさ」や「虚栄」といったネガティヴな意味で使われ、17世紀バロック期のオランダ静物画のなかで独自の意味作用をもつ骸骨や砂時計、シャボン玉といった図像定型を生み出しました。近年ではヨーロッパを中心に、現代の芸術——美術をはじめ、文学や映画、演劇やパフォーマンスなど——におけるヴァニタス表現の回帰もしくは反復に注目して、「現代のヴァニタス」の新たな意味の展開を捉えなおす研究が進んでいます。
このサイトは、2020年〜2024年の4年間に実施したドイツの研究チームとの国際共同研究の成果をもとに、ヴァニタス・アートをつうじた死生観や文明観の表現、人新世(Anthropocene)のテーマと取り組むアート、ヴァニタスによるジェンダー表象、そして西洋と日本のトランスカルチャーの視点からの比較文化論などを発信していきます。
2026/01/25

『甦るヴァニタス』が1月29日、ついに刊行!
生のはかなさと死を表現する静物画の一ジャンルである〈ヴァニタス画〉が盛んに制作された17世紀ヨーロッパ。 それから数世紀、今もアーティストたちは〈ヴァニタス〉に触発され続けている。 日本とドイツの美術研究者が、今に甦ったヴァニタス、現代の新しいヴァニタスを読み解く意欲的試み。図版多数。
以下のページでも購入いただけます。
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| 目次 | |
| まえがき:「はかなさ」と現代の芸術——ヴァニタスをめぐる三つの問い | |
| 香川檀 | |
| 序論:現代芸術におけるヴァニタスの回帰——西洋/非西洋、交差するまなざし | |
| ヴィクトリア・フォン・フレミング | |
| 第Ⅰ部 現代のヴァニタス——生死と時間の戯れ | |
| 第1章 | 杉本博司の死生観とヴァニタスの美学——《ヘンリー八世》をめぐる表象の歴史 |
| 仲間裕子 | |
| 第2章 | 草間彌生とヴァニタス ——〈花/女性〉と死をめぐって |
| 石田圭子 | |
| 第3章 | ジャン・ティンゲリー——ヴァニタス、そしてエフェメラの芸術 |
| ヴィクトリア・フォン・フレミング(訳:香川檀) | |
| 第4章 | 生死のはざまのヘテロ・クロニカルな実験 —— 時間管理に対するヴァニタスの反乱 |
| ミーケ・バル(訳:岡添瑠子) | |
| 第Ⅱ部 メディウムが担うはかなさ——写真とビデオ | |
| 第5章 | 終わりと飛び去り——髑髏、昆虫、そして現代写真におけるヴァニタスのふたつの時間性 |
| カタリーナ・ズュコラ(訳:結城円) | |
| 第6章 | 畠山直哉の写真における川の表象——〈無常〉をめぐる一考察 |
| 鈴木賢子 | |
| 第7章 | 写真の間文化的な時間性——荒木経惟『TOMBEAU TOKYO』におけるヴァニタスと無常 |
| 結城円 | |
| 第8章 | ビデオアートにおけるヴァニタス静物画——バロックのモチーフとその時間性について |
| クラウディア・ベンティーン/ユリア・C・ベルガー(訳:石田圭子) | |
| 第Ⅲ部 ヴァニタスの変奏——神話と社会 | |
| 第9章 | 「居場所」のはかなさ——イケムラレイコの描く“妣の国”と死 |
| 香川檀 | |
| 第10章 | サイ・トゥオンブリーのオルフェウス習作群における古代の残存とバロック的時間経験の形象 |
| アンネ・オイスターシュルテ(訳:鈴木賢子) | |
| 第11章 | ゴミの化石を作るとき——三島喜美代の作品における物質と時間性 |
| マーレン・ゴツィック | |
| 第12章 | はかなさの永遠性? —— 美術館における「エフェメラル」な作品の保存修復について |
| カロリン・ボールマン(訳:仲間裕子) | |
| あとがき 結城円 | |
2025/07/07

いよいよヴァニタスアートについての本『甦るヴァニタス』が刊行に向けて動きだしました。
今年の11〜12月に岩波書店から出版の予定で、現在、推敲の作業を進めています。ドイツと日本の研究者12名による、ヴァニタス表現の現代アートに関する論考を収めています。乞うご期待!

2023年9月開催
シンポジウム+講演会「VANITAS 現代美術と写真にみる「はかなさ」のイメージ ⽇独共同研究の成果から」(外部サイト)
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